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平成9年(1997年)

春風亭小朝氏は百歳のお年寄りを千金の重みを持つユーモリストに変身させる特技により、大山のぶ代氏はアニメで初めて切手になったドラえもんとは切って(切手)も切れない関係にあることで、佐々木主浩氏は、プレイが終わると恐れられる「浜の大魔神」から紳士に豹変、その落差は正にフォークボールであると、ゆうもあ大賞が授賞された

大山 のぶ代(タレント)

アニメで初めて切手になり、どらえもんとはきって

佐々木 主浩(野球選手)

「浜の大魔神」から紳士に豹変。その落差はまさにフォークボール

春風亭小朝(落語家)

百歳のお年寄りを千金の重みを持つ、ユーモリストに変身させる特技

平成8年(1996年)

中島誠之助氏は「開運なんでも鑑定団」でほこりを被っていたものに価値を与えごみを少なくした。西田敏行は映画「つりバカ日誌」で日本のユーモアを世界水準に高めた。有森裕子氏は「初めて自分で自分を褒めたいと思います」の名セリフを残した。授賞式は平成8年からキャピトル東急ホテルで行われるようになる。

有森 裕子(オリンピック選手)

「初めて自分で自分を褒めたいと思います」の名セリフを残した

中島 誠乃助(タレント)

「開運!なんでも鑑定団」に出演しほこりを被っていた品に夢を与えた

西田 敏行(タレント)

日本のユーモアを映画「つりバカ日誌」で世界の水準に高めた

平成7年(1995年)

福留功男氏はキャスターの部知名度と高感度でトップとなり、毎朝視聴者の心を和ませた。原辰徳氏は「僕の夢には続きがあります」の名セリフで青少年に夢とロマンを与えた。柳家小さん氏は落語家として初めて人間国宝になり、笑いの世界を向上させた。

原 辰徳(元野球選手)

「僕に夢には続きがあります」の名セリフは青少年に夢とロマンを与えた

福留 功男(アナウンサー)

知名度好感度でキャスターのトップになり、毎朝日本人の心を和ませた

柳家小さん(落語家)

人間国宝になり、笑いの世界をより向上させた

平成6年(1994年)

大沢啓二氏は日本ハムを一切の責任を負って潔く退団しファンに向かって土下座したこと、中村玉緒氏は悲劇的女優から一転、バラエティ番組に出演しお笑いをこなしたこと、羽田孜氏は半袖の省エネファッションを提唱し自らモデルになったが、その袖のごとく総理の期間も短かったことなどの理由で表彰された。

大沢 啓二(元野球監督)

日本ハムをいさぎよく退団、一切の責任を負ってファンに向って土下座

中村 玉緒(女優)

悲劇的女優から一転してバラエティー番組に出演、見事にこなした

羽田 孜(元総理大臣)

昔懐かしい省エネファッションを自らモデルになって全国を遊説

平成5年(1993年)

志茂田景樹氏は書斎に閉じこもって黙々と書いている小説家の暗いイメージを派手な衣装やパフォーマンスで明るくした功績、中山雅史氏は親子の連携プレーで日本サッカーの先行きに希望を持たせることに貢献、土井たか子氏は議長として議員への発言をさん付けにするなど、国会を身近なものに感じさせたことなどで授賞された。馬堀遠州常任理事の描く作品を持って記念撮影。

志茂田 景樹(作家)

小説家のイメージを明るくし、三枚目に徹した

土井 たか子(衆議院議長)

議員発言をサンづけにするなど国会を身近に感じさせた

中山 雅史(サッカー選手)

親子の連係プレーで日本中に笑いと希望を与えた

平成4年(1992年)

高野進氏はオリンピック400メートルで日本人として初めて決勝に残り明るい話題を提供、みのもんた氏は日本テレビの「おもいッきりテレビ」で社会明朗化の一翼を担ったこと、植木等氏は昔のユーモアを見事に復活させたこと、などでゆうもあ大賞を授賞された

植木 等(タレント)

昔のゆうもあをみごと復活させた

高野 進(オリンピック選手)

日本人未踏の四百メートルに入賞、奥様から金メダルをもらう

みのもんた(アナウンサー)

社会明朗化運動の一翼をおもいっきりテレビで担った

平成3年(1991年)

間寛平氏はスパルタロンに参加し、346.5キロを完走し明るい話題を提供したこと、逸見政孝氏は司会者としての範疇を逸脱しても不思議な人気があることで、山田洋次氏は江戸時代からの庶民の善意と人間性のよさを映画で表現したことで表彰された。

逸見 政孝

逸見 政孝(アナウンサー)

司会者の範疇を逸脱していても不思議な人気
間 寛平

間 寛平(タレント)

スパルタロンに参加346.5キロを完走明るい話題を提供
山田洋次氏 代理関敬六

山田 洋次(映画監督)

江戸時代からの庶民の善意と人間性のよさを映画で表現

平成2年(1990年)

TBSラジオ「大沢悠里のゆうゆうワイド」でおばさんたちを完全に虜にした大沢悠里氏、競馬の世界をギャンブルからスポーツに変えた武豊氏、新しい形の声帯模写を創り上げたコロッケ氏の3名が、平成2年度のゆうもあ大賞に選ばれた。

武 豊

武 豊(騎手)

競馬の世界を、ただのギャンブルからスポーツの世界に変えた。
大沢 悠里

大沢 悠里(アナウンサー)

ラジオで、おばさん達を完全にとりこにした。
コロッケ

コロッケ(タレント)

人にからかわれたりしながら、新しい形の声帯模写を作りあげた。

平成1年(1989年)

さもあたるが如く直立不動で天気予報を伝えた福井敏雄氏、真面目な中にもユーモアを感じさせたケントデリカット氏、アイドルとはいえないのに、高感度ナンバーワンになった山田邦子氏に授賞。授賞式当日は関西テレビ「アタック600」のお天気コーナーで、帝国ホテルの舞台から福井氏の生中継を行った

ケント・デリカット(タレント)

真面目のなかに溢れるユーモアを感じさせる。

福井 敏雄(タレント)

直立不動で、さも当たるが如くに天気予報を伝える。

山田 邦子(タレント)

美人タレントでもないのに好感度ナンバーワンとなった。

昭和62年(1987年)

衣笠祥雄氏はボールに当たっても痛がらず、鉄人の新語を生み出し、2215回連続出場を成し遂げた。久米宏氏は女性にも興味を持たせるニュース番組の新スタイルを創り出した。アントンウィッキー氏はユーモア英会話で日本人の外国人コンプレックスを取り除いた。

アントン・ウイッキー(タレント)

ユーモア英会話で外人コンプレックスを取り除いてくれた。

衣笠 祥雄(プロ野球選手)

痛がらず鉄人の新語を生み2215回連続出場記録。

久米 宏(タレント)

女性にも興味をもたせるニュースの新スタイルを作った。